自動運転を考えるにあたり、社会受容性という言葉を改めてかみ締める日々。
自動車メーカーが考える社会受容性は、いかにクルマを売るかという視点ははずせない。
でも、ほんとにそうなのかと思ったり。
自動運転なんて、公共交通機関に限りなく近いから、
クルマは「保有」しなくなるんじゃないの?
カーシェア、ライドシェアへと方向を変えていくんじゃないの?
いずれにしても、社会受容性というからには、
社会を考える必要あり。
会社としかつながっていない技術者男性より、
社会とばっちりつながっている女性陣に考えてもらうほうがいい気がするのは私だけ?